岐阜県下呂市内での許可捕獲と狩猟中止 猟友会、男性の事故受け
岐阜県の下呂市猟友会の男性(71)が仲間の散弾銃の暴発で死亡する事故が同市馬瀬西村で3日に発生したことを受け、同会は4日から同市内での県と市の許可捕獲(有害鳥獣駆除・個体数調整)と狩猟(銃猟・わな猟)を中止した。中止期間は狩猟期間が終わる3月15日まで。
同会は3日夜に同市内で緊急役員会を開いて中止を決定し、会員134人に通知した。役員会には服部秀洋市長らも出席し、市は中止を了承した。市は4日、県へ許可捕獲の中止を報告した。
斎藤正巳会長(73)は「会員の尊い命が失われ、事故の重大さから、直ちに許可捕獲などの中止を決めた。安全講習会を増やすなど再発防止に努める」と話した。
引用元 岐阜新聞
https://www.gifu-np.co.jp/news/20190105/20190105-103521.html
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今度は岐阜で。
あまりいい流れではないですね。
最近は猟をする若い人もようやく増えてきている中、北海道は趣味目的の猟の自粛、そして今回岐阜では有害駆除などの許可捕獲が中止。
お亡くなりになった方にはお悔やみを申し上げるとともに、事故を起こしてしまった方も大変かと思います。
ただ、
本当にこの話の怖いところは、じつは事故が起きたところではない点にあります。
企業の問題解決や改善などをやっていると、必ず出てくるのが「事故」と「再発防止」。実際事故や問題というのは、起きてしまったらもう手の打ちようがないわけです。過去は変えられませんから。
つまり、本当に大切なのは、その事故を二度と起こさない事になるわけです。
企業や組織でこれができるところは必ず成長します。
ところが、起きてしまった「事故」の「責任」ばかりに気を取られると、本当の原因がわからなくなってしまうことがよくあります。
すると、対策が的外れになり、必ず事故が再発します。
実はこちらのほうが恐ろしいのです。
裁判やなんやとなると、不利な証言が出来ないので、真実とは違う結論が出ることが多々あります。
責任追及をやればやるほど、「責任逃れ」をしないと社会的に「抹殺」されてしまうからです。
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今回の岐阜の話、「脱包しようとして」暴発したと言っているそうですが、これだと原因は「銃器」側になります。
でも、本当に脱包しようとした時に暴発する銃器があるでしょうか。また、脱包するときに銃口が人のいる方に向いていることがあるでしょうか。
この話は、かなり不思議な点が山盛りです。
このまま話が進むと、銃器の種類などに不要な規制をする必要が出てきます。
ただ、おそらくそれは現実的ではなく、おそらく「教育する」などの実効性の低い手立てを申し訳程度に行い、結果なあなあにしてしまうのがオチではないでしょうか。
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新しい企業などでは「ミスは罰せず」などの手立てを行い、真実を引き出す試みも出来ますが、お国や警察、裁判所等は、「罰する」のも仕事のうちなので、やはり難しいところがあります。
ただ、猟友会などは、「銃を所持する人」という、特殊な人の集まりであり、国や制度など以上に、重く大きな責任と義務があると思います。
それならば、ただ加害者になってしまった人に責任を押し付け、なあなあになってしまうようないい加減な対策をするのではなく、独自の調査などを行い、確実に原因を見出したうえでの的確な対策を打つという責任なのではないでしょうか。
同じ銃を所持する人間として、ただ事故が減り、無くなることを祈るだけでは足りないのではないかと私は考えます。